アニメと漫画 ~目線がもたらす印象の違い~

 私は,ドラマやアニメを結構見ているほうで,おもしろいと思えるものなら毎週欠かさずみています。

 しかし,ここ最近ドラマがだんだんつまらなくなってしまい,アニメのほうが感動できるようになってきました。忙しくなったせいもあるのか,一時間という長い時間ドラマを見るということになんだか苦痛を感じてしまうほどに。

 逆に,私はほとんど漫画を読んだことすらありません,そんな中偶然ネットサーフィン中にウェブ漫画というものに出会いました。読んでみると,それはとても面白く,昔漫画を初めて読んだ頃は噴出しの文章の意味がまったく理解できずに,理解できるまで同じ文章を何度も何度も読み返すなどしてイライラしていました。

 しかし,今,ほんとに10年ぶりともいえるくらい久々に漫画を読むと噴出しのひとつひとつにキャラクターの気持ちが含まれているようなそんな感じになり,誰が何を,どう伝えたいのかということがどんどん心の中に積もっていく感覚になりました。

 そこで思ったのですが,その感覚というのがドラマやアニメを見ていたときでは全く感じたことがないものでした。一体これはなんなのか,しかも,漫画を読んだほうが,より心に残ってしまう。

 そこであることに着目しました。それが,“目線”です。アニメでは,いつも一定の角度を向き,決してカメラ目線になんかなったりしません。それどころか,カメラ目線はタブーとされるほどです。たまにバラエティでカメラ目線で話しているのを見かけるくらいで,画面には複数の人間が映り,その複数の人が会話しているのを画面の外から傍観しているだけに過ぎないのです。

 しかし,これを漫画ではどうなのでしょうか。漫画をパラパラとめくってみていると,ドラマやアニメではタブーとされていたあのカメラ目線が頻繁に出てくるのがわかります。

 背景に斜線が並び,とてもインパクトがあるコマでは特に噴出しとともにキャラクターが,まるで読者である自分自身に語りかけているような感覚になります。

 そうか,これか。

 私はとても衝撃を受けました。この目線の違いが,漫画の一番の面白さなのかもしれません。しかし,でもなんでドラマやアニメではカメラ目線をしないのだろうか。しかし,それを,想像しようとしてみても,なかなか思い浮かべることができなかった。映像として,カメラ目線で語りかけられるその感覚がいったいどんなものなのか,もしかしたら,あまりにもインパクトが強すぎて一種の洗脳になりかねないためそのような手法はとられないのかもしれない。

 これは私の勝手な憶測だが,暴力やいじめの描写があるドラマやアニメでそんなことをされたら,流石に見る気が失せるかもしれない。